判断能力がしっかりしているうちに…事業の後継体制を真剣に考えましょう

Q1 私は50歳です。妻の父(義父)が会社を経営しており、これを承継するということで30歳の時、仕事を辞め、義父の会社に入り、部長をしています。業務全般は私と家内がほぼ引き継いでいる状態です。  
 義父はすばらしい経営者なのですがワンマンなところがあり、現在80歳ですが、取締役も自分だけで、私も家内も取締役ではありません。  
 会社の株式は、90%を義父、10%を義母が保有していて、私も家内も株式は持っていません。義母は認知症で老人ホームに入っています。  
 家内には兄が一人います。別の会社に勤務していますが、本人はいずれ自分が会社を承継しようと考えているようです。義父はそれがあるため、私を跡継ぎに決められないでいるようです。  
 従業員も相当数いて、業績も良い状態です。取引銀行からも後継体制を整理するよう言われていますが、何をどうしたら良いか分かりません。何を考えるべきなのでしょうか。

【ご注意】
 「え!ウチのこと、なぜ知っているの?」と思われた読者がおられるかもしれませんが、これは実際の相談とは無関係な、私が作った架空の事例です。

(答)あなたの会社は経済的にいかにうまくいっていても倒産の危機です。次のとおり危機であるということを明確に義父にお伝えして、きちんと協議されるべきです。

⑴ この状態で義父が亡くなられたらどうなるのでしょうか。

 お兄様が、あなたがこの会社を承継することに賛成ならなんとかなりますが、もし、反対なら、大変です。義父の株式は義母が2分の1、あなたの奥様とそのお兄様で残りを半分ずつ相続しますから、奥様が22.5%、お兄様が22.5%保有されることになります。実際の相続は遺産分割協議か遺産分割審判が終了するまで決まりません。その間、義母も含め、奥様とお兄様で遺産分割までの間の義父の株主権行使について協議が成立しない場合、誰も90%の株主権を行使できません。義母が認知症ならこの協議がそもそもできません。そうすると定足数に足りないので、株主総会が開催できず、次の取締役の選任が全くできないのです。

 そうすると会社には取締役がいないので会社の預金すらおろせなくなります。遺産分割終了までの間、裁判所に一時取締役を選任してもらうという方法もありますが、一時取締役では通常最低の業務しかできません。なによりも、一時取締役の選任という難しい手続きをするために、相当な期間がかかりますが、その間、会社の預金もおろせませんので金融機関との取引に支障をきたすなど、会社の運営は困難になります。

⑵ この状態で義父が認知症になり、判断能力をなくしたらどうなるのでしょうか。

 会社には経営できる取締役がいなくなります。これも会社の預金がおろせなくなり、経営できなくなることは亡くなられた場合と同様です。株主総会も90%を保有する株主が出席できないのですから、全く開催できません。

 義父に後見人を選任するとしても、奥様とお兄様との間で株主権の行使の方針が一致しなければ、後見人は株主権の行使をしないのが通常です。つまり、取締役の選任ができず、取締役がいない状態となってしまうことは死亡と同様です。

⑶ 今、義父と協議すると、あなた自身が会社にいられなくなるかもしれないという不安があるかもしれませんが、今、義父と向かい合ってきちんと協議しておかない限り、結局会社は倒産の危機に瀕するのですから、このまま時間の経過を待っていても誰にも良いことはないと思います。

 双方の希望を出し合われれば、いろいろな解決方法がありますので、今ならこんなことにならないよう、予防できる可能性があります。是非弁護士等専門家に相談されることをおすすめします。

Q2 株式の割合は少し違いますが、私は前問で言うと義父の側の立場かと思います。75歳で、まだまだ元気なので、自分で経営しています。それに子どもたちの顔を思い浮かべると誰かを後継者と定めることも躊躇します。何か良い方法はないのでしょうか。

(答)あちら立てればこちら立たずという感じでしょうが、今、対策を考えておかないと、あなたが死亡し、または判断能力を失った場合、前問のとおり会社が確実に危機に瀕することは理解してください。

 方針を決める時点で、私達弁護士等に相談していただけば参考になる意見をお伝えできます。あなたの希望に沿うような方法もあり得ます。亡くなる場合に備える遺言にも書き方がありますし、事業承継しない相続人の権利を害しないように調整する方法もあります。課税問題についてもいろいろな特例が整備されています。

 判断能力が衰えた時に備えるということについても、今は自分が経営したいので、能力が衰えた時に、事業承継させたいとすれば、例えば自分が後見開始決定を受けた時に、自分の保有している株式を全部後継者と決めた人に贈与または売却するというような契約をしておくこともできます。おそらく想像しておられるより多彩な対応方法があるのです。後継者を決めても実権は維持しておきたいというニーズに対応する方法もあります。

 考えたくないから決めないというのは本当に危険です。是非ご相談いただきたいところです。

Q3 「家族信託」が良いと聞いたことがありますが、どんな制度でしょうか。

(答)「家族信託」は法律で定めた制度ではなく、信託という契約のうち、家族を受託者とするものについて、これを推奨している団体が名称を付けたもので、その団体の登録商標です。信託とは、財産の管理を頼みたい人(委託者)が財産の管理をする人(受託者)に、誰のため(受益者)にどんな管理をするか契約して、財産の名義を移すという契約のしくみです。

 事業として信託を受けるには、内容に応じて内閣総理大臣の免許または登録が必要ですが、家族が個人として信託を受けるには免許も登録も必要ないので、子供等家族が個人で信託の受託者になる信託契約を結ぶ方法が提案されているのです。例えば、アパートを親子のリレーローンで建築する場合に、その敷地が父親の名義であれば、息子に信託して土地の名義を息子に変え、賃料を父の介護費用に充てるという契約をすることが可能です。

 きちんと契約して信託すれば原則として贈与税がかかりませんし(ここは要件がありますので、税理士さんと相談してください)、父親が家族信託契約後、能力をなくしても契約は有効で、そのまま実行できますから、このようなケース等には有力な手段だと思います。