成年後見開始決定等を受けても、
いろいろな資格は当然には失わなくなりました

Q1 私の会社(株式会社)では私が代表取締役であるとともに父が取締役会長です。高齢で、最近認知症も進んできたので、父に後見人の選任の申立をし、息子である私が成年後見人になろうかと思うのですが、当然父は取締役をできなくなりますよね。

(答)後見人が選任されればその時に取締役は当然やめることになりますが、その後お父様を取締
役に選任することができるようになりました。
 判断能力が衰えて「事理を弁識する能力を欠く常況」になった人については、親族等が家庭裁判所に申立をして、後見人を付けてもらうことができます。これを成年後見開始決定と言い、後見人を付けてもらった人のことを「成年被後見人」と言います。あなたがお父様の後見人になれば、お父様は「成年被後見人」ということになります。「事理を弁識する能力が著しく不十分である者」については、家庭裁判所に申し立てて保佐人を付けてもらうことができますが、保佐人を付けてもらった人のことを「被保佐人」と言います。
 2019年1月までは、会社法で「成年被後見人もしくは被保佐人」はそもそも取締役になることができないと定められていました。
 2019年1月の会社法の改正でこの規定が削除されました。2021年3月から施行されていますので、お父様は成年被後見人になっても取締役に選ばれればなることができるようになりました。ただ、民法653条3号で成年被後見人となることは、委任の当然の終了原因とされています。取締役と会社の関係は委任関係とされているので、成年被後見人となれば一旦取締役ではなくなります。しかし、成年被後見人でも株主総会で取締役に選任できることとなり、成年後見人が成年被後見人の代わりに就任を承諾すれば取締役になることができることになったのです。
 後見開始決定を受ければ、お父様は一旦取締役ではなくなりますが、再度株主総会で選任されれば取締役となることができます。

Q2 ちょっと待ってください。父は成年被後見人ということになると自分の財産すら自分だけでは管理できないのに、会社はさらに父を取締役に選任できるのですか。取締役としての職務を行う上で、後見人の同意は必要ないのですか。

(答) そういうことです。取締役になるだけの能力があるということは株主や後見人に判断していただく必要がありますが、取締役になれば、取締役としての業務はご自分で判断していただくことになります。

Q3 認知症で成年被後見人となっても取締役ができることになったのですね。成年被後見人や被保佐人になるとほとんどの資格を失うというイメージがあるのですが、資格は失わないのですか。

(答)従来、成年被後見人や被保佐人になると一定の仕事をする資格を失う、「欠格事由」とされているものが多数ありました。しかし、欠格事由を定めていた法律については、2019年6月に「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」が成立し同月に公布されました。欠格事由のある多数の法律から欠格事由の定めを一斉に削除し、法律によって違いますが、公布から3ヶ月から6ヶ月以内に施行されていますので、現在では欠格事由はほぼなくなっています。成年被後見人や被保佐人になったからといって、当然にできない仕事はほぼなくなっています。
 医師も弁護士も成年被後見人や被保佐人となったからといって、その仕事をする資格自体は失わなくなりました。

Q4 成年被後見人や被保佐人でも弁護士等の多くの資格は失わなくなったということですが、どうしてそういう改正がなされたのでしょうか。また、資格はあっても実際には仕事をする能力がないことが多いのではありませんか。

(答)成年被後見人とは「事理を弁識する能力を欠く常況」にある人です。以前は「常況にある」のだから、的確な判断が常にできないと考えられており、選挙権も当然にないものとされていました。これに対して、「成年被後見人だからといって、選挙権がないのはおかしい」と訴えた裁判で、東京地裁は、2013年3月14日、「『常況にある』とは、多くの時間はその状況にあるものの、そうでない正常な状態にあることもあり、正常とそうでない状態が混在している場合も含んでいるのだから、成年被後見人から一律に選挙権を剥奪している公職選挙法の規定は違憲だ」という判決を出しました。判決が出た2013年5月には早くも公職選挙法が改正され、7月の選挙から成年被後見人にも選挙権・被選挙権があることになりました。それをきっかけに成年被後見人であること等を欠格事由としている多くの法律を見直そうということになりました。認知症で成年被後見人になったからといって一律に資格がないということではなく、一人ひとりについてその能力を判断しなければならなくなったのです。

Q5 成年被後見人であっても資格を失わないのですから、成年被後見人でなければ当然常に法的な判断能力があるということですか。

(答)そんなことはありません。成年被後見人になっていなくても、それは後見開始の手続きがされていないだけで、能力がない場合はいくらでもあります。高齢者の財産管理については公正証書で任意後見契約をすることもありますし、家族信託という契約がされることがあります。しかし、これらは複雑な契約なので、契約するためには十分な判断能力が必要です。任意後見契約は公証人が作成しますから、公証人もご本人の能力を慎重に検討していますが、ご本人の判断能力を完全に確認できるものではありません。家族信託は公証人は関与しませんからチェックする人もいません。このような複雑な契約をするだけの判断能力があるのかどうやって判定するのかは難しい問題です。私は、なぜ契約するのかとか、契約内容は何かとか、なぜこういう内容にするかということを時間をかけてもご自分の口で説明していただくことが大切だと思っています。この説明がきちんとできないなら能力は十分ではないと判断するべきだと思います。「こうですよね」と言って「はい」と言ったとか、たんに契約書に署名したということだけでは、判断能力があるとは言い切れないと思います。

以上