契約書作成の勘所

Q1 簡単な取引で、契約書を作るときは、インターネット等で書式を探して参考にしていますが、何を書いておけばよいのかよく分かりません。難しい契約のときは専門家に相談しますが、簡単な契約書を自分で作成するときに押さえておくべきことは何なのでしょうか。また、「契約書」と「覚書」等の書面はどう違うのでしょうか。

(答)簡単な内容でも約束したとき、誰と誰が、何の約束をしたのか何かに書いておかないと、後日分からなくなったり、言った言わないの議論になったりすることがあります。つまり、簡単な約束であれば、「誰と誰が、何時、何を約束したか」を書いてください。その場合、約束した人にきちんと署名して押印してもらうことが必要です。そうしないと、「書いてないよ。聞いてないよ」と言われることもあります。書面は、誰と誰が何を約束したかの覚えとするために作るのですから、タイトルは「契約書」でも「合意書」でも「念書」でも証拠としての効力は同じです。

 契約は原則として口約束でも有効です。スーパーでの商品の売買のように、その場で代金を清算して商品を持って帰るような、即時に取引が終わるものなら、書面はいらないでしょう。しかし、何か後日履行する事項がある約束なら、どんなに簡単なものでも、書面を作成した方が良いことは確実です。

 書面がないと、当事者が誰かをめぐって、次のような紛争になることがあるのです。しかも、こんな紛争は少なくありません。A社は、B社の従業員であるCさんから製品を製造するように口頭で注文を受け、製品を作りました。ところが完成して引き渡そうとすると、B社は注文したのは、Cさんが経営しているC社だと言い、C社は「いやB社が注文したんだ」と言いました。A社がどちらから代金をもらえるかは、実はCさんの立場や発言内容によって違いますし、極端な場合、どちらからももらえないという場合もあります。口約束だとAもBもCも、みんな自分に都合よく相手の言葉を理解していることもあるからです。まず、当事者は誰かということがはっきりするだけでも契約書等の書面を作成する意味は十分あります。

Q2 書面を作成する際、「署名だけ」「署名と押印」「実印」のどれが必要なのでしょうか。

(答)「署名」というのは、作成名義人が自分の手で自署することです。「記名」というのは、名前のスタンプを押したものを言います。押印というのは、印章(手に持って押すものが印章、紙などに押された印のあとが印影又は印鑑です。印章のことを印鑑と言うこともあります)を押すことです。実印というのは、印影のうち、印鑑登録をしている印影のことです。押印しても、実印である場合と他の印影である場合がありますね。いわゆる「シャチハタネーム」というのは、その名前のとおり、「ネーム」で、印章ではなく記名です。市販されているネームは、例えば山元なら基本的に全部同じものだそうです。

 署名は作成した人の自署ですから、筆跡鑑定等によって、その人が書いたかどうか分るはずで、署名者が作成したかどうか争われにくいものです。これに対して「記名」は偽造も盗用も可能ですから、証拠としての価値は低くなります。印影も、印章を偽造することは可能ですから、証拠としての価値は微妙ですが、実印は、その人の印影であることが公的に証明されますので、証拠としての価値は高くなります。

 約束の内容を記載した書面の価値を判断するうえで、「作成した名義人が本当に作成したか」と「作成した人に約束する権限があったか」どうかが決定的に重要です。例えば会社なら平社員のように約束する権限がない人が取引契約書を作成しても、会社に取引するように求めることはできません。これは法律の問題でもありますが、社会常識でもあるでしょう。前問でも、書面があっても、B会社の平社員Cという表示であれば、A社はB社の責任を追求することは難しいでしょう。「作成した名義人が本当に作成したか」を確認するのが署名等です。(署名+実印)→(記名+実印)→(署名+押印)→(署名のみ)→(記名)の順番で、作成した名義人が作成したということについての証拠の価値は落ちると考えてください。契約金額にもよりますが、少ない金額でも最低「署名のみ」すらない書類を作成する意味はあまりないと思います。

 Q3 印紙を貼らないと契約書面として効力はないのでしょうか。

(答)印紙がなくても、書面としては完全に有効です。但し、印紙税法違反となり、罰則もありますので注意してください。

Q4 どういうものが、「難しい約束」なのでしょうか。専門家に相談するべきものと、そこまで考えなくても良いものとはどこで区別したら良いですか。

(答)金額の多い約束や外国企業との契約は必ず相談してください。さらに、ご自分の取引分野について、契約する上での注意点を一度弁護士に相談しておかれた方が良いと思います。例えば、電気製品の販売店が、消費者との間で「販売した商品に不具合があっても一切責任を負いません」との契約をしても、消費者契約法8条1号に「事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項」は無効であると定められていますから、この条項は無効で、消費者に発生した損害を賠償しなければなりません。この他、消費者との関係で事業者に一方的に有利な条項は無効であるとされています。

 このように、取引分野によっては、法律上、契約しても効力が認められない条項がありますので、一度確認しておかれた方が良いと思います。