Q1 友人の会社がひとりの従業員から100万円を超える残業代の請求を受け、実際に支払ったと言っていました。 当社は従業員10名ですが、1人からそんな請求をされたら会社が倒産しかねません。たったひとりからそんな多額の請求を受けることがあるのでしょ うか。
(答)実際にあります。例えば毎日1時間分の残業代が支払われていないと主張されるだけで、その請求額は相当な金額になります。
ごくおおざっぱに計算してみましょう。例えば月給35万円で1日8時間労働(午前9時から午後6時まで,1時間昼休み)、週休2日、週 40時間労働の従業員の場合、平均すると月の労働時間は約173時間です。そうすると次の計算で従業員の1時間あたりの賃金は2,023円です。
35万円÷173時間≒2,023円
1年間の労働日数は週休2日の場合、約260日です。賃金は2年で時効にかかるので請求できるのは過去2年分に限られます。1日8時間 を超える部分の労働時間については、1時間あたりの基礎賃金の1.25倍の割増賃金を支払う必要があります。そうすると次の計算で2年間では約131万円になります。
2,023円×1時間×1.25×260日×2年≒131万円
毎日1時間分の残業代が未払いであるとして 2年分請求されるとこのような金額になります。実際にこれが裁判等で認められることも少なくありません。
Q2 当社は、残業については事前に上司の許可を受けることになっています。 許可していない残業でも残業代を請求されるのですか。
(答)許可が適正に運用されているのかという ことが問題です。許可しない場合、本当に仕事 をせずに帰らせるという体制が整っていれば残業にはなりませんが、許可がなくても、実際には仕事をせざるを得ないのであれば、許可の有無にかかわらず残業代を支払う必要があります。「上司の許可」というのは労働時間を把握するためには必要ですから、就業規則で「残業に上司の許可が必要」と定めることは適切ですが、定めておいても、会社側も、許可しない以 上、仮に仕事があっても帰社させるという厳し い姿勢と体制が整備されていないと、不許可でも実際には仕事があって帰れなければ残業代が発生します。
Q3 割増賃金はどういう場合に支払わないといけないのですか。
(答)法律で一定の場合に賃金を割増するよう定められています。法を理解するうえで重要なキーワードは「所定」と「法定」です。「所定」 というのは、「定める所」ということで、各会社が就業規則や労働契約等で定めていることという意味です。各会社で、「1日7時間」とい うように労働時間を決めますが、これは会社と従業員で定めていることですから「所定」労働時間です。
これに対し、労働基準法では労働時間の限度 を1日8時間、1週間で40時間と定めています。 これは法が定めていますから「法定」労働時間と言います。
法定労働時間を超えて仕事をさせた場合、基礎賃金に対して一定割合の割増賃金を支払わなければなりません。さらに法定労働時間を超えて労働を命じるには従業員代表との間で36協定(労働基準法36条に基づく協定)を締結しないといけません。協定をしないと罰則があります。一定の要件のもとで労使の合意で法定労働時間の配分を月単位、年単位で変更する変形労働時間制を採用できますが、その場合でも配分した法定労働時間を超えれば割増賃金を支払わなければならないことは同様ですから、以下、 変形労働時間制ではない、朝9時から午後5時まで、昼1時間休み、週休2日(土・日)の会社を例に説明します。
(1)所定時間外残業 この会社の所定労働時間は1日7時間です。この場合、1時間の残業までは、その残業代は基礎賃金のままで、割増になりません。
(2)日単位の法定時間外残業 設例の会社で午後 7時まで働くと労働時間は9時間となり、1 日8時間を超えます。8時間までの1時間は基礎賃金のままですが、8時間を超える1時間は法定時間外残業となり、基礎賃金の1.25 倍の割増賃金を支払う必要があります。
(3)週単位の法定時間外残業 設例の会社の1週 間の所定内労働時間は35時間です。他の日は残業がなく、土曜日だけ朝9時から午後3時まで6時間の休日勤務(残業)を命じると1 週間で41時間労働となります。そうすると週40時間までの5時間は基礎賃金のままの所定時間外残業で、これを超える1時間は法定時間外残業として、基礎賃金の1.25倍の割増賃 金を支払う必要があります。
(4)法定休日の労働 週1日又は4週間を通じて 4日の法定休日を付与しなければいけません。 会社が日曜日を法定休日に指定している場合、 日曜日に労働を命じるためには、単なる残業だけではなく、法定休日に労働させる旨の36協定が必要です。そして、法定休日の労 働については、基礎賃金の1.35倍の割増賃金を支払う必要があります。
(5)深夜割増 これは今までの例とは違って「法定外」労働時間だから割増になるのではありません。所定内労働時間でも深夜になれば割 増しなければなりません。深夜とは午後10時 から午前5時までです。午後9時から午前2 時までが本来働くべき労働時間である従業員がいたとしても、午後10時までの勤務時間と比較して午後10時から午前5時までは深夜割増として基礎賃金の1.25倍の割増賃金を支払う必要があります。深夜と深夜以外の賃金は区別して定めておく必要があるのです。
(6)深夜の法定時間外残業 午前9時から午後5 時まで勤務の従業員が午後11時まで残業した場合、①午後6時までの1時間の残業は所定 時間外残業で基礎賃金、②午後6時から午後 10時までの4時間は法定時間外残業で基礎賃金の1.25倍、③午後10時から11時までの1時 間は法定時間外残業でさらに深夜労働ですから、法定時間外残業分1.25倍+深夜労働分0.25倍で基礎賃金の1.5倍の割増賃金を支払う必要があります。遅い時間まで残業している従業員がおられる会社がありますが、このような計算で残業代を払っておられるのでしょ うか。
予測外の残業代・深夜割増の請求を受けたら大変です。従業員の健康管理の観点からも、各従業員が労働時間内に何をしているか適切に把握してください。